ホーム

東大寺を作った理由は「仏教で国を守り国民を幸せにするため」

 聖武天皇が東大寺を作った理由は、社会の教科書には、「仏教の力により、伝染病や災害などから国家を守るため」と書かれていたりしますが、正しくは「仏教の力により、伝染病や災害などから国家を守り、国民を幸せにするため」です。

 東大寺は、聖武天皇が「国分寺建立の詔(こくぶんじこんりゅうのみことのり)」を発し、大和国(現代の奈良県)に国分寺の総本山(そうほんざん)として創建(そうけん)されました。

 聖武天皇が東大寺を作った理由は聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」に詳しく書かれています。

 国分寺建立の詔(訳)

 私(聖武天皇)は、人格的にすぐれていないにも関わらず、恐れ多くも天皇となり重い責任を担うこととなったが、満足のいく政治ができていないでおり、寝ても覚めても自分のことを恥ずかしく思っている。

 昔の賢明(けんめい)な王は、皆(みな)光り輝く業績を残した。国は泰平で民は喜び、災いは除かれ福が訪れた。

 私はどのような政治を行い、王としての責任を果たすべきであろうか。

 近年は、農作物の収穫が豊かではなく、疫病(えきびょう)が頻繁(ひんぱん)に発生している。

 このような国のありさまに私の心の中は恥ずかしさと恐れが入り交っている。

 これはまさに私の政治に対する努力不足を原因とする天による罪である。

 そこで、私は広く国民のために、すべての国民の幸福を求めようと強く思った。

 そのような思いから、ある年に、使者を派遣し全国の神社を装飾(そうしょく)し美しく飾った。

 また、去年、広く諸国(しょこく)に命令して、国ごとに高さ5mほどのお釈迦様の像(ぞう)をつくらせ、ならびに大般若経(だいはんにゃきょう)を一部写させた。

 その結果、春から秋に収穫するまで、適度に雨が降り風が吹き、水害などが起きず、農作物が豊かに実った。

 これは、まさに真心を持って神に尽くし願い事をした結果、神がその願いをかなえてくれたということである。

 私は神の力に非常に恐れ入った。

 金光明経(こんこうみょうきょう)には次のように書かれている。

『国全体で、このお経を声に出して読み、敬いを持って供養(くよう)し、金光明経を広めれば、われら四天王は常に国とともにあり国を守護しよう。あらゆる災難・障害はすべて消え失せ、憂いや悲しみ、疫病もまた取り除き、願い事は思いのままになり、いつ何時も幸せでいられるようにしよう。』

 そこで、全ての国が、うやまって七重塔を造り、金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)と妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)を各十部ずつ写経することを命ずる。

 私もまた、金粉を使った金色の文字で金光明最勝王経を写し、塔ごとに一部を置こうと思う。

 仏教の教えが天地と共に永遠に栄え、仏教により守られることの恩恵がこの世とあの世にまで及び、永遠に満ちあふれることを願う。

 (略)

 国司は、おのおの国分寺を立派に飾り、清らかで美しくあるように努めよ。

 私たちの近くにいらっしゃる神々がその思いをくみ取り、私たちの願いを、そばで叶えてくれることを願う。

 日本のすみずみに宣言する。私の思いを知るように。

 (以下略)

 社会の歴史の教科書には、「仏教の力により、伝染病や災害などから国家を守るため」と書かれていたりしますが、そうではありません。

 聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」に

 そこで、私は広く国民のために、すべての国民の幸福を求めようと強く思った。


 金光明経(こんこうみょうきょう)には次のように書かれている。

『国全体で、このお経を声に出して読み、敬いを持って供養(くよう)し、金光明経を広めれば、われら四天王は常に国とともにあり国を守護しよう。あらゆる災難・障害はすべて消え失せ、憂いや悲しみ、疫病もまた取り除き、願い事は思いのままになり、いつ何時も幸せでいられるようにしよう。』

 そこで、全ての国が、うやまって七重塔を造り、金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)と妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)を各十部ずつ写経することを命ずる。

 と書かれていることから分かるように、聖武天皇は、「仏教の力で国家を守るため」ではなく、「仏教の力により、伝染病や災害などから国家を守り、国民を幸せにするため」に東大寺(国分寺)を作ったのです。

 写真

copyright (C) 2007 POTHOS. All Rights Reserved.